ネットリテラシー教育と内部統制
こんにちは、高柳です。
私は一般社団法人ネットリテラシー検定機構という団体の理事をしています。文字通り、検定を通してネットリテラシーの向上を行う団体ですが、英検などが個人のスキルアップを目的としているのとは少し違い、検定を通して個人がスキルアップを行うことを通じ、最終的に健全に法人を守るというのが目的になっています。
ではなぜネットリテラシーで法人が守られるのでしょうか。
連日メディアを通して報道される「炎上」の類によって一義的に損を被るのは個人ですが、その個人が所属する法人も同様に損を被ります。アルバイト店員による「遊び」の動画が炎上し、当該フランチャイズ店が閉店に追い込まれたり、ホテルのアルバイトが有名人を盗撮してTwitterにアップしたことで、当該ホテルが有名人が所属する事務所から損害賠償請求を受けたり、「コピペ」によって作られた資料が予期せず公になり、権利者から著作権侵害で訴えられたりと、書き出すとその「形(かた)」は枚挙に遑がありません。
私たちの仕事の一つにIPOを控えた企業のIT内部統制へのアドバイスがあります。四半期決算/四半期開示を目的とした基幹システムのセキュリティーは大丈夫か?というような重厚長大と思われる課題から、社員がもつノートパソコンやスマホのセキュリティーは大丈夫か?といった身近な問題まで「すべて」対応しなくてはならず、その作業は膨大です。従って、ISMS(Information Security Management System)やPマーク(プライバシーマーク)の様な認証を取得することで、効率的に組織をアップデートする方法もある一方、上述したような「炎上」に備えるには認証の取得だけでは難しいのです。
情報漏洩事故の多くはシステム要因ではなく、人為的ミスまたは悪意の伴う人為的問題であるということは、以前から指摘されてきたことです。実際、2018年の日本ネットワークセキュリティ協会の調査によると、その割合は実に約70%にも及びます。「クラウドサービスの利用を検討しているがセキュリティーは大丈夫か」という言説をよく聞きますが、この数字を見るに、多くのクラウドサービスは問題がなく、ほとんどはそれを使う人間の問題に起因していることがわかります。
実は経営はこのことを正面から捉えなくてはなりません。どんなに堅牢なシステムがあったとしても、それを使う人が問題になるならば、人の教育をしなくてはならないということです。当然、上述の認証取得と認証の更新維持のルーチンには社内教育を行うことが明記されていますが、以前ポストしたように、認証の維持が形骸化すると社内教育はまったく意味を成さないのは周知の通りです。
当然、内部統制は企業が上場し、公の会社になることに必要不可欠なプロセスで、レピュテーションリスクと一対になって考えられます。上場を待ち望む広い意味でのステークホルダー(事業会社、既存投資家、主幹事証券会社、監査法人、証券取引所などなど)たちは、安心安全を目指すわけですが、最後の最後まで心配なのが、結局のところ人間となります。従って、上場準備期間に、このレピュテーションリスクをミニマイズするために社員全員、または、情報システムに関わる部署全員にこのネットリテラシー検定を受けさせる企業も多いのです。
一体なぜでしょうか?
前述した有名人の盗撮の事例では、当該ホテルがこういった事件事故が起こらないように、社員のみならずアルバイトにも「繰り返し費用を支払って(投資して)セキュリティーに関する社内教育を行っていた」ことが裁判で認められ、損害賠償に有利に反映されました。しかし、法人として一切社内教育を行わずにこういった事故が起こった場合は当然申し開きができません。実際、検定機構では、それを見越した損保大手との「炎上保険」の提携なども行っています。
ところで、ネットリテラシー検定機構は、もともとは、新卒社会人を対象にした検定サービスでした。しかし近年、企業の新卒のみならず幹部までもが受験を組織的に受験するような現象がおこっています。それと同時に幼年化もおこっており、実績としては高校生の検定受験は珍しくなく、公立私立とも、小・中学校向けの問題提供依頼や講演依頼も続いており増加傾向にあります。今の社会事象を考えると小学生から大人まで一緒になってネットリテラシーを身につけるのは重要なことでしょう。一方で、その事実を軽視すると、どんなに社会経験豊かな大人でも、大きなしっぺ返しを食うことになります。これは各種ハラスメントと構造が似ています。つまり、出来ていると思っても出来ていないのです。
私が大学生の頃、「メディアリテラシー」という概念と言葉がフォーカスされました。意味は「メディアから発せられる情報を批判的に読み解く能力」ということで、試験などではこの「批判的に」という言葉を抜かすと0点でした。ではこのメディアリテラシーと「ネットリテラシー」はどう違うのでしょうか。ネットリテラシーはこのメディアリテラシーの概念に「発信力」を加えた概念です。つまり「メディアから発せられる情報を批判的に読み解いた上で、しっかりと自らの責任において発信できる力」となります。即ち、今から30年前は、個人が物事を発信する方法がなく、従って「マスメディア」の時代だったのです。しかしインターネットの時代においては、誰もが簡単に情報を発信することができます。誰もがメディアと同じ力を身につけたと言っても過言ではありません。発信する力にはレバレッジが効いていて、従ってちょっとした発信によって、想像を絶する反響があることを誰もが自認していないといけないのです。そして企業の経営は、この事実を軽視することはできず、しっかりと法人としてのレピュテーションを保つためにも、形骸化しないネットリテラシー教育を、一丸となって行っていかないといけないのです。
ガーディアン・アドバイザーズ株式会社 パートナー
立教大学大学院 特任准教授
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IT前提経営®︎アドバイザリーでは、セキュリティー対策や認証の取得、組織体制の整備などを含めた、ITの内部統制構築に関わるご支援させて頂いています。
その他支援の事例をまとめた資料については弊社のIT前提経営®︎アドバイザリーページよりダウンロード頂けます。
また、高柳の著書はこちらよりご参照ください。
「IT前提経営」が組織を変える デジタルネイティブと共に働く(近代科学社digital)2020
まったく新しい働き方の実践:「IT前提経営」による「地方創生」(ハーベスト社)2017
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高柳が立教大学大学院ビジネスデザイン研究科主催の講演会で司会を務めます
弊社パートナー高柳が、准教授を務める立教大学大学院ビジネスデザイン研究科の公開講演会「現代のアントレプレナーの特性とスタートアップの社会的意義〜SEA - Social Entreprenurs Association -の考える次世代スタートアップ像〜」にて司会を務めます。
- 日程:2020年12月9日(水)
- 時間:18時30分〜20時30分
- 開催方法:オンライン
- URL:https://www.rikkyo.ac.jp/events/2020/12/mknpps000001cw7e.html
当日は 、一般社団法人ソーシャルアントレプレナーズアソシエーション代表理事の荻原国啓氏・進藤均氏をゲストにお招きし、コロナ禍などの昨今の社会環境の変化を踏まえ、現代のアントレプレナーに必要な資質や、社会から求められるビジネスにスタートアップがどう取り組んでいくかといった議論を進めていきます。
オンライン開催となりますので、お気軽にご参加頂けます。
ご興味ございましたらこちらからお申し込みください。
どうぞ宜しくお願い致します。
高柳が立教大学大学院ビジネスデザイン研究科の進学説明会で基調講演を行います
弊社パートナー高柳が、「なぜ組織はデジタルが嫌いなのか〜立教MBAで考えるAI、IoT、ビッグデータのビジネス利用〜」のテーマで、准教授を務める立教大学大学院ビジネスデザイン研究科(MBAコース)の進学説明会で基調講演を行います。
- 日程:2020年11月7日(土)
- 時間:14時〜14時40分
(進学説明会は13時30分から) - 開催方法:オンライン
本テーマは弊社が提供するIT前提経営®︎アドバイザリーにおいて極めて重要なIT前提経営®︎の6大要素の1つである「IoT×BigData×AI」に焦点をあて、それぞれを活用できる環境整備は進んだ一方で実際のビジネスでの利用がなかなか進まない原因を明らかにし、どのように企業のデジタル化(DX)を推進していくべきかについて具体的に解説する内容になっております。
<IT前提経営®️の6大要素>
今年はオンライン説明会となりますので、お気軽にご参加頂けます。
ご興味ございましたらこちらからお申し込みください。
https://business-school.rikkyo.ac.jp/mba/
どうぞ宜しくお願い致します。
「ベンダーロックイン」は企業の存続に直接関係する重大インシデント
こんにちは。高柳です。
「ベンダーロックイン」という言葉を良く耳にします。言葉の通例自体はWikipediaなどを参照頂ければと思いますが、各種ITシステムの緊急事態でご相談を頂く多くのケースがこの「ベンダーロックイン」に起因するものです。
そもそも経営効率化のために使うテクノロジーを、専門業者であるベンダーと呼ばれる存在に外注すること自体は全く問題のない行為です。テクノロジーにそれまで縁もゆかりもなかった事業会社がエンジニアを採用したり、ソフトウェアやハードウェアに投資して何かを作ったりすることには大きなリスクが伴います。しかし、すべてを外注に依存してしまうことは問題で、ベンダーにロックインされる一つの要因になります。
ところで、特にITについてその開発や保守・運用を外注するか内製するかという議論の日米比較で面白い数字があります。
なかなか直接的な数字がないため関連する数字を使って調べてみると、米国の内製比率が7割を超えるのに対して、日本の内製比率は3割に満たない状態になっています。つまり米国では内製主義、日本では外注主義だと言えるかもしれません。一体これは何を意味するのでしょうか。その点もこのポストで考えてみたいと思います。
ベンダーロックインの最も危機的な状況は、仕様書や設計書を含むドキュメントや、システムの全体像の把握、システムを構成する技術の理解といった全体像を事業会社が把握していないという状況です。つまり本来、システム検討当初にRFP(Request For Proposal)を書いているはずである事業会社(=発注者)がシステム全体を把握しているはずなのですが、いつの間にかシステムの把握そのものがベンダーに移管してしまって、従って全てのノウハウをベンダーに握られてしまい、事業会社からすればブラックボックスのような状態になってしまっているわけです。
IT内部統制構築の仕事の中で、私たちはベンダーコントロールについて詳しく助言させて頂いていますが、ベンダーとうまく協業していくための仕組みを会社としてしっかりと明文化しておく必要があります。同時に事業会社のIT担当部門(いわゆる「情シス」)に登用する人材のペルソナや布陣なども細かく検討する必要があります。
私がなぜ「IT前提経営®」という平たい言葉を使うかと言うと、もはやITの掌握は経営そのものだからです。「ベンダーに投げっぱなしにしていたら、何も把握できなくなり、経営が頓挫した」では、経営責任を問われかねない時代なのです。トップ自らがITやテクノロジーへの強い意識と好奇心をもち、ベンダーロックイン状態に陥らないよう、ITのイニシアチブを常に事業会社の中にあるようにすることがとても重要になります。
さて、冒頭で述べた、日本と米国の外注主義と内製主義の問題ですが、私が米国に調査に行ったとき、時価総額2兆円規模のある事業会社のCFOは、全社員の15-20%がITエンジニアやデジタルマーケティングの専門家という、いわゆる高度なIT人材だと胸を張っていました。これには驚いた訳ですが、その理由を聞くと「機関投資家に評価されるから」という理由をおっしゃいました。では、なぜ機関投資家が評価するかと言えば、内製主義である以上、ITを経営の一部と見做していることはもとより、アプリの開発/アップデート、ECの構築/更新、基幹システムのアップデート、BI(Business Intelligence)ツールによるデータの可視化や事業計画構築補助、CRM(Customer Relationship Management)を中心にしたMA(Marketing Automation)施策の実行など、無限とも思われる経営の「手続き」が「自前で」対応できることで「スピード経営に資するから」ということでした。まさに「IT前提経営®️」そのものです。
この図は、私の大学院の講義である「リーディング産業論」で学生と議論しながら作った図です。多くの社会人大学院生は、この内製主義、外注主義の争点に興味があり、自らのビジネスでなんとか上手く解決したいと思っています。
一方で、技術が複雑化していく中、必ずしも上述の米国企業のように内製化だけでまかなえる訳ではありません。そこで景気の変数を入れることで、景気が良いときには内製化に傾き、景気が悪い時は外注化するのではないかというようなブレストの図です。
企業はこの揺れ動きの中でちょうど良いポジショニングを見つけていく訳ですが、1つ重要な点は、極端に外注してしまうと、その主導権を中に戻そうとしたときに、相当程度の労力を要することになるということです。あるいは、もはやイニシアチブを中に戻せなくなってしまっている状態の事案も多く見受けられます。
「IT前提経営®︎」時代に完全外注化し、ベンダーアンコントローラブルになった状態は、経営の危機といっても過言ではありません。
私どもの活動は、そうならないために何をすべきかを明確に助言させて頂き、また、万が一そうなってしまった場合は、どのようにイニシアチブを中に戻すのかを考えているのです。
ガーディアン・アドバイザーズ株式会社 パートナー
立教大学大学院 特任准教授
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IT前提経営®︎アドバイザリーでは、ITに関して事業会社が抱える課題や疑問を網羅的にサポートするIT前提経営顧問®︎サービスの中で、適切なベンダーコントロール(健全な関係性の構築や、必要に応じた内容交渉による牽制など)をご支援させて頂いています。
その他支援の事例をまとめた資料については弊社のIT前提経営®︎アドバイザリーページよりダウンロード頂けます。
また、高柳の著書はこちらよりご参照ください。
「IT前提経営」が組織を変える デジタルネイティブと共に働く(近代科学社digital)2020
まったく新しい働き方の実践:「IT前提経営」による「地方創生」(ハーベスト社)2017
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ITグランドデザイン構築の本質は何か
こんにちは、高柳です。
企業や組織のITグランドデザインの構築支援をさせて頂くことが多くなりました。ITグランドデザインと一言で言っても、企業トップの年頭挨拶のスピーチライティングから基幹システムのリプレイスの助言まで、私がサポートさせて頂く範囲はとても広いです。
【単なるメッセージライティングではなく、作業としては膨大】
私が企業や組織のトップの年頭挨拶などに助言をさせて頂く際の最終的な「納品物」としては、スピーチ原稿中のほんの3行から5行程度の文章なのですが、それを生み出すために、トップとのディスカッションや、既存事業のこれまでの歩み、CIOの役割を担う方々との議論、従業員のみなさんへのヒアリングなど、その作業は数ヶ月から半年に及ぶこともありました。しかしながら、場合によっては、当該数行のセンテンスにデジタルやITの文言が盛り込まれないこともあるのです。
【結局は文化】
なぜそうなるかの理由はわかっていて、一言で言えば、企業のDX(分かりやすいように最近の言葉を使います)というのは、その企業の文化そのものの変革だからなのです。私のアカデミアでの専門は「テクノロジーの社会化」で、ここ25年くらいはインターネットの技術の根幹を成すTCP/IPの社会化を扱ってきました。1957年頃にインターネットは産声をあげますが、これが社会実装される過程でもっとも重要な要素は「オープンソースの精神」という文化だったりします。
1970年代のアメリカ西海岸のハッカーたちがインターネットの発展に貢献したという文脈において、彼らがよく参照したバイブルはイヴァン・イリイチでした。ご承知の方も多いと思いますが、イリイチは日本では『脱学校の社会』で有名ですが、彼の「Conviviality(私が推奨する訳語は「共愉」)」という概念が、圧倒的にハッカーたちに評価されたようです。
昨今、DXの議論で聞かれるようになったアジャイル文化も、イリイチの文脈に援用されます。企業組織が大きくなり、効率的で繰り返し可能なビジネスモデルを構築するにあたり、業務プロセスがウォーターフォール化するのは必然です。また、企業秘密と呼ばれる概念にも象徴されるように、そもそも企業組織が根本的に持っている「独り占めの性格」は、インターネットと相容れないのです。
【「オープンなんちゃら」なるもの】
テクノロジーが起こる際、そのオリジン(起源)とプロセス(過程)が忘却されるという大きな問題については前回のブログ記事の通りですが、そもそもPC(パーソナル・コンピューター)やインターネットは、権力や大資本の「独り占めの性格」にハッカーたちが大反発した結果生まれたムーブメントであることは社会科学の中で実証されています。しかし、今はオリジンとプロセスを忘却して、その結果だけを消費しているため、企業は、例えば「オープンイノベーション」のような概念消費をしてしまい、その実践は上手くいかないのです。DXの不調もこれとまったく同じ構造です。そもそも、企業組織が根っから持つ「独り占めの性格」とインターネット的なデジタルは相容れないのです。
したがって、DXはいくら方法論を検討しても、企業側がその根っから持っている考え方を実践を伴って変えて、これまでのレガシー文化とは異なる新しい文化を、企業文化として再定着させない限り進まないのです。ITを導入すれば万事上手くいくというものではありませんし、つまりそれは、四半期や半年で出来る仕事では無いのです。
【ITグランドデザインの構築の意味】
したがって、要件定義フェーズの手前に位置するITグランドデザイン構築のフェーズというのは、決してITコンサルタント任せにできるものではなく、経営トップとしっかりと議論をして構築するもので、それを主体的にできなければ、その後の要件定義や、開発フェーズ、インテグレーションフェーズはすべて失敗するといっても過言ではないのだと思います。また、そもそもITだから取り組む、という類のものではなく、すでに「IT前提経営®」の時代になっていることを考えると、日頃の経営実務の中で、脈々と議論や検討、チャレンジや失敗を繰り返した総決算としてITグランドデザインの構築を行う必要があるのです。
ガーディアン・アドバイザーズ株式会社 パートナー
立教大学大学院 特任准教授
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長期的な目線でのITシステムのあるべき姿を作成するITグランドデザイン構築の事例はこちら。
その他支援の事例をまとめた資料については弊社のIT前提経営®︎アドバイザリーページよりダウンロード頂けます。
また、高柳の著書はこちらよりご参照ください。
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【標準化の時代から多様化の時代へ】IT前提経営の6大要素の意味
こんにちは、高柳です。
「インターネットの社会化」みたいなことを長く考えていると、必ず「標準化」のことを考えなくてはいけなくなります。例えば、いわゆる「デファクト標準」や「デジュール標準」の議論もそうですし、なかなか、複雑な世の中になってくると、インターネットのように「オープン標準」と呼ばれるような前の2つには大別されないものも出てきます。
ISO(International Organization for Standardization)という組織がありますが、いわゆるトップダウンの標準化の目的は効率化やその伝承にあります。ネジはISOで右回りで締まると決められていますが、これが決まっていないと大変なことになります。この議論は私の近著『IT前提経営」が組織を変える デジタルネイティブと共に働く』の中でも触れましたのでご興味があればぜひご一読頂きたいですが、電車の線路の幅(狭軌や標準軌)の議論や、もっと身近な話ですと、日本の機械式駐車場の多くが1850mmの全幅で作られているため、安全とスピードと安定のために日に日に大きくなる車が駐車場に収まらなくなっているという大きな問題についても、標準化の議論を援用しています。
この議論をもうちょっと俯瞰させてみると「活字を読む」や「活字を書く」というのも立派な標準化だと言えます。ご承知の通り、私たちの社会の成り立ちの中で、集団が集団として成熟するためにまずは効率化をはかり、その結果として文字が登場したのは有名な話です。
したがって、これまでの私たちの社会は「活字の読み書き」が得意な人のため「だけ」に作られてしまった感があります。日本の識字率は極端に高い一方で、活字の読み書きが比較的苦手な人は、競争に不利である社会とも言い換えることができます。
そんな中、そのオルタナティブとして、動画のようなものが大衆化してきました。つまり、必ずしも活字に依らない価値観が出来上がってきて、活字が標準化したように、動画でのコミュニケーションも標準化していくのだと思います。
別の切り口では「朝起きて、スーツを着て、会社に出社する」という行為もまた、標準化されています。この行為のことを標準化と呼ぶ人は少ないと思いますが、「フォーマット」とか「プロトコル」と言い換えると、少々馴染むのではないでしょうか。朝早く起きて、マラソンで汗を流し、コーヒーを飲み、スーツで颯爽と出社をする、と言えばウォール街のエリート金融マンのようなフォーマットになります。こういった標準化の促進剤としてメディアが使われますが、いま私が書いたウォール街の金融マンのイメージは、差し詰めハリウッドの「メディア表象」です。私は旅行でしかアメリカの東海岸に行ったことがないですが、そう書けるのは「メディア表象」のためです。
さて問題は、この標準化について、その「オリジン(起源)」と「プロセス(過程)」が忘却されがちだということです。これはメディア論の中でもよく語られる言説です。朝起きてスーツを着て出社するという標準を、最初に誰がやったのか(オリジン)を知っている人はいないと思います。そして、それが標準になるまでのプロセスを説明できる人もいないでしょう。
私たちは、標準化のオリジンとプロセスを「完全に忘却」した上で、その標準化の完成品である「標準(standard)」だけを消費しているのです。
企業経営や組織運営における、内部統制やISMS、プライバシーマークといったような認証取得でも同じ現象がみられます。認証の取得の過程が最も大切なのですが、一度取得してしまうと、そこから先は、単に認証の更新に血道を上げることになります。したがって、取得したからといって、業務が合理化されていたり、個人情報が漏れないようになっていたりするわけではないということは、誰もが薄々気づいていることです。
もっと言うと「12ヶ月」という概念もそれに近いと思います。私が学生で最初の会社をスタートしたときに、地方議員と国会議員が若い起業家から意見を聴取する場に参加しました。その人たちは若い起業家に優しい社会にしたいと言っていました。では、ということで、私は「ボクにとって12ヶ月は短かすぎるから、最低でも24ヶ月決算にならないか」と言って大笑いされたことがあります。
しかし、私からすれば、12ヶ月は早すぎたのです。24ヶ月だったらなんとかできるかもしれないと本気で感じていました。つまり今あるビジネスモデルやビジネスエリート人材は12ヶ月に最適化されているのだと思います。その中においては24ヶ月で花開くビジネスモデルや36ヶ月で花開く人材は、標準ではないのです。
スーザン・ケインが2012年に行ったextrovertsとintrovertsの話では、アメリカのビジネスリーダーたちが「標準化」されていることに警鐘を鳴らし、introvertsへの着目を促しました。あるいは若い人たちの起業はequity financeを伴うことが重要だというような標準は、そのオリジンやプロセスを完全に度外視してメディア表象でしかないレベルだと思います。無数に選択肢がある中の、ほんの1つに過ぎないことを標準化し、そして消費していくことを効率化と呼んでいます。しかし、忘却された「オリジン」と「プロセス」によって標準外となってしまった人材を含む「資産」が実はとても大きいのだと私は考えています。
一方で「12ヶ月標準」の社会において「LTV(Long Term Value)」みたいな哲学を言い出す人たちが現れました。四半期決算をしながら、あるいは、四半期に追われながらどうやってLTVといった価値観を維持するのか、本当に不思議ではあります。同様に、SDGsという標準もまた、そのプラットフォームは12ヶ月であり、つまり四半期で「短期的」にSDGsを実践しなくてはなりません。
もはやここまで来ると「折り合い」をつけるしかなくなっている感すらあります。
そして現れるのが「逆張り」です。私も10年以上前に「ノマドワーク」と言い出し、本まで出版(前著『まったく新しい働き方の実践:「IT前提経営」による「地方創生」』)しました。つまり、丸の内の一等地や、渋谷のインテリジェントビルにある素敵なオフィスに出社することが標準の時代に、オフィスを捨てるという逆張りをするわけですが、「ノマドワーク」を定義付けた瞬間、標準化へのプロセスが躊躇なく走り出し、その結果としての標準のみが消費されることになります。ここでも当然「オリジン」と「プロセス」は忘却されています。
このことは要素還元主義とも言い換えられますが、すべては一種の効率化のために繰り返し社会の中で起こってきたことです。
複雑系だとか多様化だとか言われますが、一方の私たちの様式そのものが「標準化」されて効率化されていることは、前述のように、「動画での理解力は高いが活字の理解力が低い」という人材を、標準の外に位置付けてしまい、多様化を主張するエリート自らが、多様化を否定することになっているように思えます。すなわち、上記いずれのマイクロな事例も、アクセルとブレーキを同時に踏んでいる様相を呈しているのが現在だと理解しています。
「IT前提経営®︎」の6大要素の中に「デジタルマーケティングの適切な導入」という要素がありますが、これを考える時、当然ですがペルソナの分析を試みます。その際、多くの人は「BtoCであってもBtoBであっても今の時代、動画は重要だ」と言います。つまり実態として人々が活字から動画に移っているかもしれないと思っているにも関わらず、日頃の組織運営や企業経営の中では活字セントリックな運用をしているのです。実はこの現象が至るところで起こっており、いわゆるDXを阻んでいる要因だと解釈しています。
<IT前提経営®︎の6大要素>
したがってDXの阻害要因の多くは、人の理解の問題ではなく、実践または実行(execute)の問題なのです。本を読み、セミナーに参加すれば、誰もがテクノロジーについて正しく理解し、必要だ、と言います。DXが進まないという問題の多くは知識や経験の問題ではなく実践または実行の問題なのです。
したがって、私どもがご提供しているTDMAは、お悩みに対して知識を強要するのではなく、既にお持ちの知識を活用して、いかに実践または実行するのかということを後押しする仕事が多いのです。
IT全般に関する俯瞰的なアドバイスを行うIT前提経営®︎顧問の事例はこちら。
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ぜひご一読ください。
ガーディアン・アドバイザーズ株式会社 パートナー
立教大学大学院 特任准教授
【バズワードに飛びつかない】なぜITの「適切な導入」が重要なのか
こんにちは、高柳です。
2017年にノマドワーキングの実践書を出版して以来、「ITの導入とノマドワーク」のような題材でお話しをさせて頂いたり、企業様へ働き方改革のアドバイスなどをさせて頂いたりすることが多くなりました。しかし、当然ではあるのですが、すべての業種でノマドワークが出来るわけではありません。むしろ、できる業種の方が少ないのではないか、という話をアドバイスの冒頭にさせて頂きます。この辺りはコロナ禍を通して、他のブログや日本サービス学会への寄稿等で述べてきました。IT前提経営®︎の6大要素の1つに「ノマドワークの適切な導入」がありますが、この「適切な」というところが肝だというのが今回のお話しです。
<IT前提経営®︎の6大要素>
「クラウド化」の考え方もそうです。通信インフラの進化などにより、今や「クラウド化」は当然のことになりましたが、それでも時と場合によっては「オンプレ」の方がコスト的にも使い勝手的にも良いことがあります。「クラウド化」のような概念は一種の「バズワード」ですから、実務においては十分に注意する必要があります。
例えば、映画業界でもこの様なことが起こっています。私が小学生の頃、母に連れられて母の実家の金沢にある映画館にスターウォーズの1作目を見に行った記憶が微かに残っています。なぜ残っているかと言えば、もちろんスターウォーズそのもののインパクトもそうなのですが、映画開始早々、フィルムが逆に映し出されたからです。映写室に居たのは熟練の技師ではなく、学生アルバイトだったのかもしれません。この手の話はフィルム時代には良く聞きました。私が教えている大学の学部ゼミ生は「史実」として理解はしているものの、体験としてはまったく知らない世代になったと思います。
この時代の映画のデリバリー方法は、フィルムそのものを映画館に届ける、というものでした。丁寧に扱い、コピーやデリバリーにかなりの時間とコストがかかったはずです。今は多くの場合、USBの様な小さな記憶媒体でデリバリーされています。しかし、最近はUSBの様な媒体すら使わずに、インターネットを介したダウンロードになるケースも少しずつ増えています。「そりゃそうでしょ」と思われるかもしれませんが、これが実は凄く難しいのです。
何せ、データ量が膨大です。高画質、高音質はさることながら、最近では4DXのように、アトラクションの一部となった座席を動かすデータなどが付加されていることもあります。あまりに膨大なデータのやりとりはインターネットやクラウドの利用は適していません。
緊急事態宣言中、映画配給会社の社員がどうしても会社に行かなくてはいけない理由の1つに「ムービーデータのダウンロード」という話がありました。ダウンロードするのを一日中見張っているのです。データは一定の連続性が保たれていることが重要ですので、途中でエラーが発生した場合は「やり直し」になります。したがってそれを人が見張ってる必要があるのです。正に1日仕事です。家でやればいいじゃないか、という話もあるのですが、仮に家のインターネットが高速で安定していたとしても、PCに入った巨大なデータをどうやって動かしたら良いでしょうか?こういったデータは、それこそ物理的な大容量の記憶媒体でデリバリーする方が適しているのです。しかし、ご承知の通り、コロナ禍の初期は国際的にロジがダウンしてしまいました。したがって、海外のスタジオから日本の配給会社へはインターネットという方法しかなかったのです。
となると、実は映画がデジタル化した後も、保管媒体としてテープを使った方がコストが安くなることも考えられるかもしれません。大容量のデータの保管には、今でもテープが使われています。実は、ハードディスクは永遠ではなく、消耗品ですので、テープにデータを保存しておけば、ハードディスクなどよりも長く保つケースも多く、また、マルウェアに感染したり、ネットを介して情報漏洩したりすることもありません。その代わり、通気性の良い物理的なセキュリティーで管理された倉庫は必要になりますが。
何でもかんでも検討なしにクラウド化してしまうと、データの保管だけで巨額の費用を払わなくてはならないというケアレスミスが散見されます。確かに「チープ革命」でディスクそのものは無料に近くなったのですが、私たちが物理的なディスクを意識せずにサービスとして使えるようになった一方で、SaaS(Software as a Service)と言われる様に、ベンダーはサービスとしてクラウドを提供しているため、無邪気にデータは全量保存し放題、という訳にはいかず、データ量に応じた費用を支払うしかないのです。
この映画配給会社の例もそうですが、ITの導入では「適切性」が極めて重要になり、それは「適切な」という言葉が表すように非常に抽象的な塩梅であるため、どの技術を使うかという見極めがとても難しいのです。
もっと身近な例でいうと、最近のアクションカメラやホームビデオなどは4Kや、場合によっては8Kで撮影ができます。このこと自体は、10年前には想像できなかった素晴らしいことではあるのですが、4Kや8Kで手頃に撮影したデータは、なかなか私たち素人には扱えません。編集のためにカメラからPCにデータを移すだけで物凄い時間がかかったり、そのデータを編集しエンコードするには、それこそ1日かかってしまったりと、皆さんもそんな経験があるのではないでしょうか。
4Kや8Kもある意味では「バズワード」です。したがって前述した通り、この手の最新技術は実務においては「適切な導入」がとても重要なのです。
IT前提経営®︎アドバイザリーでは「ITの適切な導入」をご支援させて頂いています。バズワードに基づく最新技術導入ありきではなく、各クライアントの特性に応じて、場合によってはITを導入しないという判断を下せるという点が特徴です。システム化することによって却って負荷が上がる、システム導入のコストに見合う効果が得られない、といった場合にはあえてマニュアル対応を残すといった柔軟な発想により、システム導入前提ではなく、常に経営に寄り添う立場からIT全般に関するアドバイスをさせて頂いています(IT前提経営®︎顧問の事例はこちら)。
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ぜひご一読頂ければと思います。
ガーディアン・アドバイザーズ株式会社 パートナー
立教大学大学院 特任准教授